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銀花の咲く森ウルプシュラは、今日も小さな命達の奏でる雑多な音で賑わっている。
地を蹴る足音、鳴き声に羽撃き、風の起こす葉擦れに紛れたくすくす笑いなど――。
人里離れた森の深奥は、思いのほか騒がしい。
そんな朝の始まりに、清水を汲める泉へと向かっていたツェルフロラは、ふと見慣れた森の小さな異変に気付いた。
宿り木の絡む大樹の根本に咲いた花――その花が、淡い黄色を帯びていたのだ。
「この花は、いつから咲いている?」
魔女が訊ねると、木陰からひょっこりと顔を出した樹の精霊達が口々に答えて寄越した。
「昨日はまだ蕾だったよ」
「月が一番てっぺんに昇った時もね」
「きっと、夜明けと同時に咲いたんだ」
黄色の花を取り囲み、樹精達は無邪気な笑みでツェルフロラを見上げたのだが――。
「お前達の悪戯ではないだろうね?」
銀眼を鋭く光らせて疑う魔女の言葉に、彼等は飛び跳ねながら潔白を訴えた。
「そんな事しないよ!」
「僕達だって銀色のお花が好きだもの!」
「何か森にとって良くない物が入り込んだんだ!!」
その必死な様子に、魔女も疑うのを止める。代わりに別の懸念が頭を過った。
「邪気を払う森の結界に、綻びが生じたか――」
魔女の呟きを聞き、樹精達は不安気に顔を見合わせる。
ウルプシュラに何らかの危機が迫っているとすれば、彼等にとっても由々しき事態なのだ。
「皆で綻びを探してみるよ」
「見付けたら、御城へ報せに行くからね」
「他のお花にも異変がないか見て回るから」
魔女が頷くと、精霊達は小走りに去って行く。
「厄介な事になったね……」
忌々しげに呟き、魔女は泉へと急いだ。
森奥の深い緑に抱かれるようにして湧き出ている泉の畔では、泉の精と歯朶の精が話に花を咲かせている。
歯朶の精が持つ巻き蔓のような緑の触角には、金羽の蝶が止まっていた。
「次の満月の舞踏会まで、もうすぐだね」
歯朶の精が思い出したように告げる。
ウルプシュラでは満月の夜を迎える度に、森の精霊達が集まって舞踏会を開くのが風物詩となっているのだ。
雨降りの時は中止となるし、魔女が魔法薬を作る時はそちらを優先する為に、年に数回しか開催されない事もあるが。
月明かりが一際輝く夜を思い、泉の精も楽しげに答える。
「僕は大好きなあの子と踊るよ。君はどうするの?」
「僕は歌う方が良いな。固い木の実が落ちる音の小瓶を持っていくんだ」
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