プロローグ「READY?」

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プロローグ「READY?」

 桜子はあまり喋るたちではない。  ともに過ごしておよそ一年になる光井未央という名前の若い女性は、十四歳の桜子とはひとまわり違う程度だが、いまだに彼女と打ち解けることはなく、その心のうちは良く分からない。  今も無表情で戦闘服に着替え、防弾ベストのパウチに銃弾を詰めたマガジンや特殊警棒を身に着けている彼女を見つめている。  ごく普通の、十四歳ならばこんな服装や道具に馴染みなどない。  普通の十四そこらの女の子はいまの時間ならば就寝していたり、なんなら夜更かしをしてゲームをしたり、こっそりと親にばれないようにと携帯電話で声を潜めて友達や彼氏と秘密の通話をしている時間帯だ。  そんな女の子たち。いや、その子たちもひっくるめた横浜に住まう人たちのために、桜子はこれから闘いに向かう。  いま、彼女たちを乗せた汎用中型ヘリコプターは指定エリアの上空へと着くと、その周辺をゆっくりと円を描くようにして飛行すると、一カ所にとどまってホバーリングした。 「桜子ちゃん、気を付けてね…。もしかしたらすでに先に動いている特殊部隊の人たちが、敵をやっつけているかもしれないわ」  そう未央が言っても、桜子の顔は少しも変わらない。  機内に備え付けられた灯が放つ光は正直なところ頼りない。この機体自体があまり新しくないことも影響しているのか。  外の昏さに釣られる形で、あんまり仕事しない電灯のために薄暗い機内の昏さのなかで手元の自動拳銃の簡単な点検をしているさなかの彼女はうんともすんとも言わないし、未央のほうに一切の注意を向けはしない。  自分の拳銃のスライドを引いて、現れる薬室をまじまじと覗いていただけだ。この国はどこか別の国と戦争をしているわけではない。  戦争は遠い昔に終わっている。それでも桜子のような子供が武器を持って闘わなければいけない現実、それを見送ることしかできない自分自身にため息が出る思いだ。 「先生、そろそろ投下の時刻です」  同乗する隊員が未央に告げた。乗降ハッチが開き、内側と外の気圧の差によって生じる強い風が吹き荒れた。  風の強さに目を細める未央が声をかけることなく、桜子は開いたハッチから飛び降りていった。
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