第10章 急展開

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 微塵も妥協するつもりは無い相手に、貴子はわざとらしく溜め息を吐いてから、思わせぶりに言い出した。 「埒が明かないわね。あなた達、新野署の人間?」 「はい、副署長の有吉と捜査課長の譲原です」 「それなら当然、新野署が所属する第十三方面本部長の、宇田川啓介は知ってるわよね?」 「……はい。先月も署に出向かれまして、署員一同色々ご指導頂きました」  貴子が父親の名前を口にした途端、目の前の二人が微妙に顔を歪めたのを見て貴子は笑い出したくなったが、対外的には素っ気なく話を続けた。 「あら、そう。実は宇田川啓介は、私の父親なの」 「……そうでしたか」 「あなた達の対応について、父の意見を聞いてみる事にするわ」 (相当嫌われてるし持て余されて、顔や叱責口調なんて熟知されてる訳ね。益々好都合)  そして貴子はポケットからスマホを取り出し、電話をかけ始めたと思わせながら、とあるデータを呼び出した。そしてアイコンに触れれば再生開始の状態にして、電話しているふりを始める。 「もしもし、お父さん? 貴子よ。……ええ、今やっと解放されたところ。酷い目に遭ったわ。それでね? 頭ガッチガチの責任者とやらが……」  そのまま合間に沈黙を挟みつつ、幾つかの文句を口にしてから貴子はスマホを耳から離し、この間仏頂面で彼女を観察していた二人に告げた。 「父からあなた達に、一言意見したいそうよ」  そしてスピーカー機能を起動させるふりで、あるデータを再生させるアイコンに触れながら、貴子は、わざとらしく電話越しに呼びかけるふりをした。 「お父さん、良いわよ?」  すると二人に向けられたスマホの黒い画面から、啓介の怒声が放たれる。 「何をつまらん事をグダグダ言ってるんだ! お前が言われた通りだろうが! 黙って言う事を聞け!」 「いえ、しかし宇田川本部長」 「規則上そんな事は」  さすがに顔色を変えて抗弁しようとした二人だったが、相手はそれを容赦なく切り捨てた。 「五月蝿いぞ! 私に同じ事を何度も言わせるな! お前と違って私は忙しいんだ!」 「……了解しました」 「最初からそう言え。このグズが!」  怒りで顔を赤くした有吉の横で、譲原も盛大に歯軋りしたいのを堪える表情になったが、貴子はそんな事には気付かないふりで、スマホに向かって一人芝居を続ける。 「ありがとう、助かったわ。それじゃあね」
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