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出会いが宝物だなんて言ったのは誰だっただろう。
目の前で意地悪気に口の端を上げながら薄茶色の前髪をかきあげた男を見つめ、斉藤恭一は心底出会いを恨みたい気分だった。
切れ長の目で、男は尚笑う。
「ねえ、昨日は随分恥かかせてくれたよね」
部屋にいた金髪の男が面白そうに恭一の顔を覗きこむ。
「へえ、こいつが昨日お前を振った奴?」
「そ。丁寧に足蹴ってくれたね」
「慎也を振るなんて、オニイサンやるねえ」
にやにやと意味ありげな笑みを浮かべる金髪とは対照的に、慎也と呼ばれた男は真顔のままなのが怖い。昨日、恭一が足を蹴って逃げたというのは事実だ。
「あ、あのっ。今は、仕事中なので」
「ああ、ハンコね、どこ置いたっけなあ、龍一知ってる?」
「なんで俺がお前の家のハンコ知ってるんだよ」
「探して」
「俺が?」
「お前が」
慎也と金髪男のやりとりをぼんやりと見つめながら、恭一は今すぐにでも逃げ出したい気分だった。それを許さないのか、慎也の手がしっかりと恭一の手首を握りしめている。大きな手は指が長く節ばっていて格好がいい。それだけでなく、慎也は長身でスタイルがよく、何よりモデルのような整った顔をしている。切れ長の目は特徴的で、そのシャープさに冷たく見えそうになるが、口角の上がった厚めの唇が研ぎ澄まされたような印象を和らげている。
綺麗な顔をしているのに、どこか人懐こい感覚を覚えるのはたまらなく卑怯だと思う。恭一はこんな時なのに、昨夜と同じように慎也の顔に見惚れてしまった。
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