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「おまえ、なんでスーツなんだ」
新年早々、待ち合わせ場所に現れた獅子ヶ谷はスーツ姿だった。
「えー、だってハムちゃんのお母様に会うのに」
「……おまえ、俺をくださいとかいうんじゃないだろうな」
「え? 言うけど」
「言うな、バカ」
今日は、獅子ヶ谷を家に連れて行くことになっている。
また例によって父親はどこかへ行ってしまったが、母と姉と妹は家にいて、自分の恋人が来るのを待っている。姉はともかく、妹にはどう説明したらいいのか、一晩悩んだが、今は無理でもいつかちゃんと理解してもらうしかなさそうだ。
「あー、でも俺、無職になるかもしれないし、そんなこと言える立場じゃないか」
「それなんだけど、社長が退職届うけとってないってよ」
「は?」
獅子ヶ谷が最大にマヌケな顔をしていて、思わず吹いた。
「だから年明けは通常通りに出社しろって」
「それって、いいのかな」
「まぁ、最初に行くのは社長室だろうけどな」
「うへー」
年始の挨拶をかねて、龍崎に電話をした。
獅子ヶ谷が会社に残りたいと言っている旨を伝えると、わざとらしく「退職届なんてあったっけ?」と言ってくれた。
会社が始まったら、お礼を言わなくてはいけない。自分を励ましてくれた寅山社長にも。
自分たちは、本当にたくさんの人たちに支えられている。
「とにかく母さんには結婚とかいうな」
「えー」
「今日は、一緒に暮らす相手を紹介するだけだ」
「え? 一緒に暮らすって……」
ぽかんとした顔をする獅子ヶ谷。クソ、こんなときは鈍感なのかよ。
「その……前、おまえ一緒に住みたいっていってただろ」
「うん、言った。……え?」
「その入院してた母さんが春から、戻ってくるから俺の部屋を使わせて、俺は家を出ようかと」
「ほんとにほんと?」
「覚悟決めたって言っただろ」
獅子ヶ谷は飛び跳ねそうな勢いでガッツポーズをした。まったく、そこまで喜ばなくても。
「ハムちゃん!」
「なんだよ、うるせーな」
「一生かけて幸せにするから」
まるでスキップでもしそうな獅子ヶ谷は、心から幸せそうな顔をしている。
「当たり前だろ、バカ」
二人、顔を見合わせて笑う。
一緒に住むのは、始まりに過ぎない。でもどんなことがあっても、二人なら乗り越えていける気がする。
これからは何があっても、獅子ヶ谷とは離れない。大輝は薬指の指輪に誓った。
<完>
あとがきに続きます。
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