赤子の山

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 フッ、と、風が吹き――  頬を打つ雨粒に、奥村仁右衛門は目を覚ました。  大粒の雨が、体を打っている。  身を横たえたまま、目玉をわずかに動かす。  総身が痛み、呼吸するのも億劫だ。 (一体、自分は、どこにいるのか――)  眩暈がおさまると、朦朧とした視界の中に、樹幹がくっきりと浮かび上がる。  茫漠とした意識が、わずかに立ち直る。  上野のお山か、と思ったときには、慌てて身を起こしていた。  赤子の激しい泣き声が、いくさ場を引き裂くように轟き渡っていたからだ。  仁右衛門は、戸惑った。  具足の下で、羽織がグッショリと濡れている。  腕は半ば泥に沈みこみ、引っこ抜かねばならなかったほどだ。  よほど長い間、気絶していたらしい。  疲労と相俟って全身がおもだるい。  薩長腹の新式銃ときたら――  仁右衛門の烈々たる戦意を、易々と奪ってしまった。  胸には数層の裂傷がひらき、とまれやっかいなのは、胴体に三発ばかりくいこんだ弾丸だ。  痛みに堪えて身を返す。  どうにか肘をついた。  地面は、敵味方が踏み荒らして、泥沼と化している。  仁右衛門は刀を探して這いまわった。  ――と、仲間の遺体があちこちに転がっている。 「いくさは終わったのか……?」 (彰義隊は負けたのか――)  そのわりに、銃声だけが散発的に聞こえる。  にもまして、赤子の悲鳴は激しくなる一方だ。 「どうなってる?」  ようやく刀を探し当てたが、激しい闘争のために、根本から折れ曲がっている。  仁右衛門は舌打ちをして、死体の刀を奪いとった。
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