風鈴

3/3
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
 切り取った舌は全部で三枚。 どれも雨でぬるりとしている。 お隣は、こんなに風鈴をぶら下げていたんだ。 しかも年中。風情以前にもう嫌がらせじゃないか。 私は切り取った舌を投げ捨てた。 これでもう、気にすることなくゆっくり過ごせる。 こんな簡単なことなら、もっと早く行動すべきだった。  私は布団にすべり込むと、久しぶりに安眠を得た。 ああ、何年ぶりだろうか。 風鈴の音に悩まされずに眠れる夜なんて。  雨風が更に勢いを増して、雨戸を殴りつける。 でも、あの音が聞こえなければいい。 ヒステリックな金属音さえ聞こえなければ。  翌朝、ざわざわとした声と、洋子の慌てた声に叩き起こされた。 「お母さん、大変! 隣の山田さんが」  そこまで言うと、ちいさな悲鳴が喉の奥でおこった。 「お母さん、どうしたの? ……その、手」 「手?」  久しぶりの安眠を破られて、私はかなり機嫌を損ねていた。 促されて目をやると、変色した赤い塊が付着している。 それは両袖に広がっていた。 「怪我したの? 見せて」  強く手をつかまれて、私はそれをぼんやり見ていた。 赤い塊はすっかり乾いて絵の具のように張り付いている。 遠くで風鈴の音が聞こえる。 ああ、また取りつけたのかお隣は。 性懲りもなく。 「……おかしいわね、どこにも傷なんて」  と、洋子が強ばった顔で私を見つめた。 「お母さん、それ、なに?」  布団の横に、赤黒いハサミが転がっている。 どうしてこんなに錆びているのかしら? 「まさか、お隣……お母さんの仕業なの?」 「お隣? ええ、風鈴の舌を切ったのは私よ。それが悪い?」 「風鈴じゃなくて、人間の舌よ!」   たくさんの乱暴な足音が聞こえてくる。 たくさんの風鈴を鳴らしながら、近づいてくる。  ああ、うるさいうるさいうるさいうるさい。 私は、風鈴の舌を切り取っただけなのに、 どうして周りの奴らはこんなに騒いでいるんだろう。 「お母さん、ねぇ、分かってるの?」  私は振り向くと、転がるハサミを取り上げ、 素早くその舌を切り取った。 なのに、どうして風鈴の音は止まないんだろう。 それどころか、余計大きくなっている。  ああ、本当にうるさい。                 終わり
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!