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母は危篤で、父に返す言葉はなかった。
そのまま母は、再び夫と娘の顔を見ぬまま、その一生を終えたのである。
父と過ごした短い時間。様々なことを語り合った。
最も驚かれたのは、碧羽のその外見である。可愛い顔に瓶底眼鏡。民族衣装を彷彿させる、その身なり。
父は、娘がいったいどんな経緯を辿り、こんな無残……悲惨……いや、ユニークな外相になったのか、「狐にでもつままれたような心情」であったと、のちにそう語っている。
さておき、父の不倫についてだが――父は、母に伝えることのできなかった無念を、娘である碧羽に懺悔した。
碧羽はとても母に似ている。日に日に、母と違わぬ外見を擁する娘を見、父は罪悪感に苛まれる日が続いた。
ある日、碧羽はすべての事実を、父の口から聞くことになった。
父の不倫相手が、いつもアトリエの受話口で対応していた女性だということ。馬鹿な父親を許して欲しいと、涙を流して土下座し許しを乞うたこと。
その後、やはりこの家は妻の思い出がありすぎると、父は家を出た。碧羽もともに行こうと言われたが、それを碧羽は丁重に断った。
母とすごしたこの家から、離れたくはなかったのだ。
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