あの日から僕、あの日から僕たち。

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「じゃあ、祥太。パパ、仕事行ってくるからな。それから……」 「わかってるよ。いってらっしゃい、パパ」 こんな朝、パパはいつも困ったような、悲しいような顔をする。 今日、パパは帰りが遅い。きっと、僕が眠ってしまうまで帰って来ないだろう。それは、ママが来るからだ。 会いたくないんだと思う。パパとママは、僕が赤ん坊の頃に離婚して、今は僕とパパだけで暮らしている。今日は月に一度、ママが会いに来てくれる日なんだ。 「さてと……」 パパが手を離した扉が閉まりきるのを待って、ダイニングに戻る。朝食に使った皿をシンクに置いて、ガスの元栓と、最初から鍵の掛かっているパパの書斎以外の全部の部屋を回って窓の鍵を確かめてからランドセルを背に家を出る。 「いってきます!」 こうして、誰も居なくてもちゃんと声を掛けるところまでが、パパとの決まり事だ。だから僕は、毎日空っぽの部屋に大きな声を響かせる。“いってきます!”“ただいま!”ってね。 でも今日は違う。僕が学校から帰る頃、家ではママがおやつを用意して待っていてくれる。この日だけは、“おかえり”って返事がもらえる。それが嬉しくて、走って帰るんだ。 「ただいま!」勢いよく開けたドアから、甘い匂いが流れ出す。 「おかえり、祥太」エプロンで手を拭きながら、ママが迎えてくれた。 「ただいま、ただいま!」ぎゅっと抱き付くと、笑いながら優しく頭を撫でてくれるのが大好きだった。 「あらあら、相変わらず甘えんぼうさんね。ショウタは何年生かなあ?」 そう言われるとなんだか恥ずかしくなって……ふてくされて離れるようになったのは、小学校四年生くらいだったと思う。 「そう怒らないでよ。そうだ、鍵……返しておかないとね」 ママは困った顔をしたまま、エプロンのポケットから部屋の鍵を取り出す。ママが来る日は、秘密の場所に普段僕が使っているのを隠しておくんだ。合鍵を渡すのは、パパが嫌がるから。 キレイにマニキュアが塗られた、淡いピンクの指先からそれを受け取ると、そこには見慣れないキーホルダーが付いていた。
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