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8月も最終週に入った。
2週間のささやかな夏休みが終わり、グランドには再び、ホイッスルの音や元気のいい掛け声が響き渡り始めた。
真夏の日差しは衰えることなく、グランドを走る運動部の連中の頭上には未だ、うだるような熱が降り注いでいる。
それでも、インターハイまでのあの殺気立つほどの情熱は、まるで遠い昔のことのようだ。
「須藤、ちょっといいか?」
練習前のストレッチをしている槙に、3年の村上拓が声をかけてきた。
克也と向かい合って右太ももの筋肉を伸ばしていた槙は、めずらしい相手に声をかけられたなと思いながら、ゆっくり頷いた。
「何ですか?」
足を左に代えて再び筋肉を伸ばしながら、槙は返事をする。
村上はチラッと克也を見た。
「猪瀬、ちょっと須藤借りていくな。」
ここでは話せないことなのか?
益々もってめずらしい。
スプリンターの槙と長距離ランナーの村上は、練習のコースも違うし、トレーニングメニューも個々のものだから、同じ部内に在りながらもほとんど接点がないのだ。
村上は大体、2年の長距離ランナー鈴木凱斗と一緒にいることが多かった。
克也も訝しげに村上を見ている。
ちょっと行ってくる、と、槙は村上の後についていった。
体育館の裏まで来て二人きりになったのを見計らって、村上がようやく槙を振り返った。
「悪かったな、こんなところまで呼び出して。」
「いえ、どうしたんですか?めずらしいですよね、村上先輩が俺に用があるなんて。」
「・・・、ちょっと聞きたいことがあってな。」
わざわざ人気(ひとけ)を気にするような内容なのか。
一体何だろう・・・。
槙にはまったく思い当たる節がなかった。
「須藤卓って、須藤のお父さんなんだってな。」
「え?」
「インターハイの時に関係者が話しているのを聞いたんだ。俺、ずっと知らなくって・・・。っていうか、部のヤツら、みんな知らないよな?」
「・・・そうですよ。隠していたわけじゃないんですがね。」
突然父親の話が出て、槙は少々面食らった。
隠していた訳じゃない、と言いつつも、敢えて話はしてなかったのだから、そう思われても仕方がない。
しかし、それがどうしたというのだろう。
「・・・そうか、やっぱりそうなんだな。」
「・・・?どうしたんですか、突然。」
村上は言い出しにくそうに視線を泳がせた。
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