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この頃、ずいぶん父親に似てきたな・・・。
多田優(すぐる)は、自分の指導を聞き漏らすまいと真剣に耳を傾ける、目の前の少年を感慨深く見つめた。
父親譲りの切れ長の目、母親の百合音(ゆりね)から受け継いだスッと通った鼻筋、若干丸みを帯びだ輪郭。
卓、オマエに出会ってから、もう20年も経ったんだな・・・。
槙はあの頃のオマエにそっくりだよ。
陸上を始めてから特に、な。
*
秋分の日が過ぎて、ようやく暑さが和らいできた9月下旬、多田は久しぶりに須藤家に足を運んだ。
インターハイが終わり夏休みも明けて、村上の大学推薦も無事決まり、ようやく気持ちに余裕ができたのだ。
「あ、コーチ、いらしてたんですか。」
ダイニングで百合音と談笑しながらコーヒーを飲んでいるところに、2階の自室から槙が下りてきた。
「家に帰ってきてまで“コーチ”は止せよな。」
ニヤリと笑って、多田は槙の頭を軽く小突いた。
百合音もマグカップを両手で包み込みながら、フフッと笑っている。
「・・・、優さん、今日はご飯食べてくでしょ?」
途端に、槙はプライベートの顔になる。
学校では見せない、甘えるような笑顔だ。
高校に入ってから顔つきも大人びてきて、最近はグッと背も伸びた。
それでも、赤ん坊の時から可愛がってきた槙は、ずっと俺の中では小さな子供みたいなものだ。
「母さん、今日のご飯、何?」
もうおなか空いちゃったよ、と槙は右手で腹を擦っている。
・・・こういう仕草も、遠い昔を思い出させる。
卓も、よくこうして腹を撫でてたよな・・・。
俺と百合音は隣近所の幼馴染みだ。
中学でお互い陸上を始めた。
高校は別々になったけど、大学でまた一緒になった。
俺たちはいつも、会えば陸上の話をしていた。
特に二人の興味を引いていたのは、年始に行われる箱根駅伝だ。
百合音はしょっちゅう「いいなあ、男は。女は箱根は走れないもんね。」とぶうたれていた。
そんな百合音に、じゃあ俺が箱根を走るから支えてくれよな、なんていつも話していたっけ。
大学も、箱根駅伝の常連校に一緒に行こう、と約束していた。
俺たちの学力でも何とか入れそうなところを選び、それでもレベルが高かったから必死に勉強して、ふたりで一緒の大学に入ることができた。
入学式の日、早速俺は迷わず陸上部のドアを叩いたが、百合音は女子陸上部のドアを叩くことはしなかった。
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