夢のカケラ

2/52
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/52ページ
この頃、ずいぶん父親に似てきたな・・・。 多田優(すぐる)は、自分の指導を聞き漏らすまいと真剣に耳を傾ける、目の前の少年を感慨深く見つめた。 父親譲りの切れ長の目、母親の百合音(ゆりね)から受け継いだスッと通った鼻筋、若干丸みを帯びだ輪郭。 卓、オマエに出会ってから、もう20年も経ったんだな・・・。 槙はあの頃のオマエにそっくりだよ。 陸上を始めてから特に、な。 * 秋分の日が過ぎて、ようやく暑さが和らいできた9月下旬、多田は久しぶりに須藤家に足を運んだ。 インターハイが終わり夏休みも明けて、村上の大学推薦も無事決まり、ようやく気持ちに余裕ができたのだ。 「あ、コーチ、いらしてたんですか。」 ダイニングで百合音と談笑しながらコーヒーを飲んでいるところに、2階の自室から槙が下りてきた。 「家に帰ってきてまで“コーチ”は止せよな。」 ニヤリと笑って、多田は槙の頭を軽く小突いた。 百合音もマグカップを両手で包み込みながら、フフッと笑っている。 「・・・、優さん、今日はご飯食べてくでしょ?」 途端に、槙はプライベートの顔になる。 学校では見せない、甘えるような笑顔だ。 高校に入ってから顔つきも大人びてきて、最近はグッと背も伸びた。 それでも、赤ん坊の時から可愛がってきた槙は、ずっと俺の中では小さな子供みたいなものだ。 「母さん、今日のご飯、何?」 もうおなか空いちゃったよ、と槙は右手で腹を擦っている。 ・・・こういう仕草も、遠い昔を思い出させる。 卓も、よくこうして腹を撫でてたよな・・・。 俺と百合音は隣近所の幼馴染みだ。 中学でお互い陸上を始めた。 高校は別々になったけど、大学でまた一緒になった。 俺たちはいつも、会えば陸上の話をしていた。 特に二人の興味を引いていたのは、年始に行われる箱根駅伝だ。 百合音はしょっちゅう「いいなあ、男は。女は箱根は走れないもんね。」とぶうたれていた。 そんな百合音に、じゃあ俺が箱根を走るから支えてくれよな、なんていつも話していたっけ。 大学も、箱根駅伝の常連校に一緒に行こう、と約束していた。 俺たちの学力でも何とか入れそうなところを選び、それでもレベルが高かったから必死に勉強して、ふたりで一緒の大学に入ることができた。 入学式の日、早速俺は迷わず陸上部のドアを叩いたが、百合音は女子陸上部のドアを叩くことはしなかった。
/52ページ

最初のコメントを投稿しよう!