決行の日

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橋まで辿り着けば、そこを渡って笠井駅まで行くのは呆気ないほどすぐだった。 切符を買うのに雄大とああだこうだ言い合って、ホームに行くのにまたそっちじゃないこっちだと言い合って。 要するに、2人とも電車に乗り慣れてないから右往左往していた。 きっと自分1人だったら、内心の焦りをひた隠しにして、何にも困ってませんって顔で考え込んでいただろう。 なんとか特急に乗り込むと、どっと安堵感が押し寄せて眠くなった。 夕べは興奮と緊張でなかなか寝付けなかったから。 小心者の雄大は東京駅まで一睡も出来なかったそうだ。 ぐっすり眠ってすっきりした俺は、悪かったなと呟いた。 東京駅の通路は大勢の人が行き交っていて、ぶつからないように歩くのに四苦八苦した。 雄大が何度もはぐれそうになるから、いっそ手を繋いで引っ張って行こうかなんて思ったほどだ。 「丸の内北口。ここ? ここ出ちゃっていい? 出ちゃうよ?」 お上りさん丸出しで聞く雄大を置いて、さっさと改札の外に出た。 「どっち?」 「あっち。だと思う」 下調べしておいた道を進んでいく。 「あちー。何、この暑さ。死ぬ」 雄大が数歩歩くごとにブツブツ零す。 東京は雨が降っていないものの、笠井よりも湿度が高い気がする。 足元のアスファルトから立ち上るモワッとした熱気は、初めて感じたものだった。 東京の暑さは息苦しい。 笠井とは全然違った。 東京都の人口は1,300万人余りもいるそうだ。 その中から、ただ闇雲に父を探そうとするほど俺は愚かじゃない。 まずは、父の行方を知っていそうな人に聞こうと思った。 そんな知り合いは1人しかいない。 父の弟の”孝之さん”だ。 彼は俺とは14歳違い。姉とは10歳しか違わない。 ”叔父さん”と呼ぶには若すぎたからか、母も姉も「孝之さん」と呼んでいた。 父が出ていく前は家に何度か来ていたらしいけど、俺はぼんやりとしか覚えていない。 でも、向こうは甥の俺をはっきりと覚えているだろうから、会いに行ったら話を聞いてもらえるんじゃないかと期待していた。 ネットで検索したら、『篠ノ井 孝之』はすぐに出てきた。 篠ノ井グループの商社の専務だという。27歳の若さで専務! 篠ノ井の長男坊は女で身を持ち崩して、次男がすべてを手に入れるってわけか。 ちなみに、父の名前を検索しても何も出てこなかった。
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