1.Rainy season.

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「あの⋯」 少し躊躇いながらも声を掛けると、彼は作業の手を止めずにこちらを振り向いた。 目が合うと同時に彼の動きも止まる。 「⋯⋯」 数秒の沈黙の後、確信に迫る言葉をなんとか絞り出すと、彼もまた驚いて目を見張った。 「もしかして⋯蛍?」 語尾に笑いが混じり震えたその問い掛けに、言葉にならずコクコクと首を縦に振ると、変わらないなと言って目を細め、頭をわしゃわしゃと掻き回された。 幼い頃、共働きの両親にかわり何かと面倒を見てくれた、近所に住んでいた頼れるお兄さん。 森田隼人(モリタハヤト)さん、八つ上の現在26歳。 長身で、切れ長の目に眼鏡が知的さを増す、所謂イケメン。 教員になるという自分の夢の為の勉強もあるだろうに、教えるのも身になるからなんて理由をつけて、いつも勉強を見てくれた。 優しくて、恰好良くて、ずっと憧れていた人。 しかし、隼人が大学生の時に留学するからと家を出て以来、一度も会う事はなかった。 今度はいつ会えるだろうと何度も思い出したけど、まさかこんな所で会うなんて思わなかった。 撫で回される手の感触と思い出が、みるみるうちに蛍の顔を赤く染めていく。 久しぶりに会っても、その憧れは全く消えていなくて、嬉しさと緊張で胸が高鳴った。
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