花曇りに、きみ懐う。

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花曇りに、きみ懐う。

 咲き誇る桜の天蓋が覆う向こうは、生憎の曇天だ。  少しの肌寒さに、腕を摩る。  ああ、「コレが彼の言っていた“養花天”か」などと笑った。  灰色の空とピンクの花の屋根が淡いコントラストを描いていて、うつくしかった。  桜は、うつくしいのに。滲んでいたのは高い湿度と、ぼんやりとした仄かな光度のせいではないだろう。  決めたはずの、自分の瞳から溢れて零れ掛けた未練のせいだ。  別離を決めたのは、自身だったのに本当に、どこまで勝手だろう。  耐え切れず手放したのは、こちらだった。  伸ばされた手を振り払ったのも。  助けなんて要らないと思っていた。  ただ、愛せたら良かった。  藍から白んで橙に滲む蒼いグラデーションが、きれいな夜明け前。  昼食のあと気怠いまま見上げた、抜けるような、淡くて遠い青空。  手を繋いで眺めた、赤い目を隠してくれる朱い赤い、夕陽。  寒い中凌ぐために、ぬくもりを分け合って、肌が触れる(くすぐ)ったさに騒いで観た、深く吸い込まれそうな星空。 「もう、全部、消えちゃった────── 「────何が?」  ぐいっ、と後ろに引かれる。目を見開いたのは聞こえた声で? 急に腕を引っ張られて? 「……なんで」  在るはずの無い声と、手。いるはずの無い人。 「うるさい」  こっちの困惑を、きっぱりと凛とした声音が一刀両断する。  こっちの混乱に泳ぐ目線を、釘付けにする覚悟を決めた双眸。 「簡単に終わらせて、消えると思うなよ。  逃がすか」  捜し回っていたのだろうか。まだ寒い気温なのに。  凄い汗と呼吸の荒さ。 「ゆるさない。  俺の基盤を引っ繰り返して、滅茶苦茶にして、作り変えたくせに。  今更、自由にしてくれるって?  嗤わせるな!」  胸倉を掴まれて、問い詰められて、言い切ると膝の力が抜けたのか崩れ落ちる彼。放してくれないから、いっしょに崩れて、膝を着く。 「ごめん……」 「……」 「ごめんね?」 「……。いいよ」  それきり、彼は掴んだ胸倉を引き寄せて顔を(うず)めた。抱き締めることも引き剥がすことも出来ず……どうにも出来なくて、お手上げだったから手持無沙汰で。自分の手はぶらんと垂れ下がった。  仰ぎ見た桜に、苦笑された気がした。   【 了 】
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