夏の追憶

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あれから3年経った。 あの人はいなくなっても、腹立たしいほど必ず夏が来る。 海沿いの岸壁に立ったまま、私は紺色の箱をそっと開いた。 中にあるのはもちろん、ダイヤの指輪。 キラキラと夏の海よりも美しく輝くダイヤの指輪。 あの女がもらうはずだった、婚約指輪。 当時、私とあの人の関係は周知のもので両家の親も認めていて、 警察もあの人の家族も あの指輪は私のものだと私に渡してくれた。 だけど、あの指輪は正当な持ち主ではないと私を拒んだ。 私への婚約指輪だと渡されたその指輪は、 私の指には入らなかった・・・。 葬儀の日に見たあの女の指は、白く細かったことを思い出す。 だけど私はそれをあの女に渡すことはしなかった。 あの人の愛の証は、私だけのものだから。 これをあの女に渡さなかった私を、あの人は地獄から恨んでいるかしら。 きっとあの女はあの人のいない時間にも慣れ、 もう幸せを見つけて暮らしているかもしれない。 私はまだあの人を恨んだまま、 あの人が地獄で私を待っていることを望んでいる。 安らかになんて眠らせてやらないんだから。 「・・・熱い」 手の甲で汗をぬぐう。 海から吹く風が強いけれど、 空から降り注ぐ夏の日差しは刺すように熱い。 「夏なんてなくなればいいのに」 私からあの人を、 幸せを、 すべてを、 奪った夏。 暑くなるたびあの人を恨みがましく思い出してしまうから、 ───夏なんてなくなればいいのに 夏がなくなればきっと・・・ 清らかな心であの人を 天国に還してあげられるのに。 【終わり】
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