第1章 あの日のこと

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    欅(けやき)の木が並ぶ、駅前の大きな道路から一本隣に入った細めの路地。  そこに俺が店を構えたのは二年前だった。  カウンター席は八つ、ボックス席は二つ、座敷席が四つ。  ずっと居酒屋をやるのが夢だった。  主に大学生の俊太を中心に、何人かのバイトも雇えるようになった。  今日は雨も降っていて、出だしは客も来ない。  俺は俊太の学生生活を聞いていた。  そんな時に、たった一人で店に入ってきた女の子。 「入っても大丈夫ですか?」  その子は聞いた。 「いらっしゃいませ、大丈夫ですよ。お一人ですか?」 「そう、一人なんです」  その子は少し笑って、カウンターの一番端っこの席に座った。  なんでか、この席って人気なんだよな。 「緑茶ハイください」  お絞りと交換で注文をしてきた彼女。  こう言っちゃなんだけど、随分と覇気がない、疲れてる様子だなと思った。 「初めてですよね? うち」 「はい。私、一人でふらふらするの好きなので」  最近そういう女の子多いよな。 「水商売か何か?」 「そう見えます?」 「いや、ほら水商売してる子に多いから。一人飲み歩き」 「そうなんですね。元です、今は昼間だけです」 「話し掛けてるけど、大丈夫?」  その子があまりにも丁寧な敬語で答えてくるから、俺はあまり話をしたくないのかと思って、そう聞いた。 「話しかけてくださいよ、どんどん」  その子が少し笑顔を見せた。 「なんか、芸能人の誰かに似てる・・・・・・」  脇で俊太がそんな事を言い出した。 「誰だろう? 私、あんまりそんな事言われないんだけど・・・・・・」  彼女がはにかんだ時、この子が可愛いことに俺は気付いた。  可愛いっていうか、俺好みなだけかもしれないけれど。 「名前は? 俺は大体「タケ」って呼ばれてる」 「タケさん。美咲です」 「美しいに咲く?」 「そうですね」  何かあったのかと、初対面で聞くのはやっぱり図々し過ぎるだろうか。  だけど、なんだか悲しそうに座っている彼女に、俺は何か言ってしまいそうだった。 「美咲ちゃん?」 「「ちゃん」ってやめてもらっていいですか? 「美咲」で。私「ちゃん」付け苦手なんですよ。」
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