カルテ11

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「大動脈TC(※血液心筋保護液)」 「10分でいいですか」 手術時間を刻む時計を見上げる。 「……なぁ、速すぎないか、お前ら……」 先輩がまた、突っ込みを入れてくるものの 初めの頃よりかなり、弱気。 もう、諦めたんだろうな。 通常、4~6時間くらいで終了見込みの移植時間を 大きく下回っていた。 「……確かに速すぎますけど 有馬さん、なんか誤魔化しました?」 「は?」 「怖い怖い、皺、取れなくなりますよ」 私の何をどうしたら誤魔化したことになるんだコノヤロー。 「10分でお願いします」 私が答えるより前に陣内がそう言った。 何時間かお休みしてた大動脈。 いきなり動かして嫌な感じ、になったらヤだから ちゃんと慣らしておかないと。 「ソル(※薬名)入れてから遮断解除」 「ラジャ」 淡々と進んでいくんだけど…… 問題はここからだから。 「有馬さん、吻合問題なし」 「うん、ある訳ないし」 「有馬、お前やっぱり移植プロなんだな」 「だから、初めて!」 別に、どうなってもいいんだ。 この後は。 この移植が終ったら、それでもう、いい。 だいたい こんなにスマートに運ぶ初めての移植なんかないだろ、っつの。 「大静脈タニケットOFFります」 「遮断解除」 「陣内、ペーシングリード(※体外式ペースメーカー)」 「はい」 「血、はみ出てきてないかしっかり見て先輩」 「見るまでもないだろが……」 休んでいた心臓に収縮のリズムを呼び戻す為に 再灌流(カンリュウ※血液を流す)しながら、心臓自体の機能がちゃんと回復するまでそれを続ける。 「ちゃんと、動いてよ?」 ペーシングによって拍動する心臓。 見つめながら祈るように瞼を閉じた。
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