うみねこバクダン-八戸線ー

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うみねこバクダン-八戸線ー

 彼は黙々と、線路の上を歩いていた。  冬でも日が照ることが多い町だが、その日は低く雲が立ちこめていた。陰鬱な空は時折海風に細かな雪片を混ぜたが、吹雪くまでには至らない。足元を見ても、雪は赤茶けたバラストの上にはなく、日影になった斜面の吹きだまりに残るだけだった。  内陸に比べれば、圧倒的に雪の少ない三陸の冬。代わりに牙を向くのは風だ。大洋から押し寄せる海風は、ヒトの世の灯火を消し去るかのように吹き荒れる。  ヒトは、町は、ただじっと肩を寄せ合いながら、春を待ち耐えるだけ。  ――押し寄せるのが、風だけだったならよかったのに。  髪とコートの裾を旗めかせながら、彼はちらりと鈍色の空に目を向け、先を急いだ。  八戸、長苗代、本八戸、小中野。  高架で一気に市街地を抜け、新井田川を越える鉄橋を渡ると、沿岸部に出る。  県道一号線と並走しながら、鉄路は南を目指す。磨耗して、すっかり角の取れてしまったバラスト。その上に敷かれた、細い二本のレール。風雨で飴色に変わった枕木はほとんどが木製だ。腐朽したものの代わりに、時折コンクリート製のものが差し込まれている。  古さの目立つ単線の軌道に、異常は見られない。だが踏切は開いたまま動作せず、無人駅の構内信号も沈黙したまま、列車の到着と発車を拒んでいる。  でも、それだけだ。  他ならぬ彼の五感が、そう告げている。  陸奥湊、白銀、鮫。  ここまでなら問題ない。保安設備の電源を入れて点検を終えたら、すぐに走り出せる。  彼は一度足を止め、緩くカーブを描く線路の先を見据えた。 「鮫から階上までも、補修と点検を入れれば大丈夫だ」  職員達の見立てが正しかったことを確認して、彼は再び歩きだした。  家屋の合間に見え始めた海。空の色を写したような暗い水面は、吹く風に鱗のような白波を立てていた。  海岸線から迫り上がった高台の縁をなぞるように、線路は進む。進行方向左、海側の視界が開けた。同時に風の通り道も開けた。渦を巻く風に煽られ、足がもつれた。叩きつける雪つぶて。視界に紗がかかる。  煙る海は荒れていた。やがて見えてきた漁港。岸壁に停泊する船はなく、全て陸(おか)に上げられていた。――横倒しのまま、折り重なり、道を塞ぎながら。
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