うみねこバクダン-八戸線ー

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 漁港に散乱していたのは船だけではなかった。もはや瓦礫としか呼べない建築物の残骸。半壊のまま路上に置き去りにされた小屋。線路脇にあった家屋は跡形もなく壊され、木片や錆びた鉄板が、盛り土の斜面に横たわっている。  海から数百メートル。津波はここまで押し寄せた。のどかな漁港を、海に根差した生活を、飲み込み、ねじ曲げ、置き去りにしていった。  2011年3月11日、東北地方太平洋沖地震。  豊かで穏やかな三陸の海が、突如牙を向いた。鱗のような白波は暗い色の大津波に姿を変え、海と暮らす町に襲いかかった。何度も、繰り返し。水が全てを消し去っていった。跡形もなく。  ばたん、ばたんと風に波打つトタンを避け、レールに覆い被さった枝を除けて、彼は先に進んだ。港の向こうに蕪島が見えた。  戦時中に埋め立てられ陸続きになった小島は、二瘤の小高い山になっていて、それ自体が神域だ。急な斜面に穿たれた石段を上った先に、小さなお社が建っている。 「蕪嶋神社は無事か」  裾野は波を被ったようで草が赤く枯れていたが、社にも麓の赤い鳥居にも損傷は見られなかった。  ただ――この時期ならもう訪れているはずの――白い御使いの姿はない。  今年はやってこないのだろうか。  天意は、この海から離れてしまったのだろうか。 「八戸さん」  右――山側からしわがれた声がして、彼は振り返った。煤けた防寒具に野球帽をかぶり、さらに手拭いで頬っ被りをした老爺が、道床の麓に立っていた。 「お久しぶりです。私を覚えていらっしゃいますか?」  はてと首を傾げたのは数瞬だった。彼――八戸は笑って、盛り土を滑るように降りた。 「覚えてるよ。信さんだろ?」  老爺は顔の皺をさらに深くして笑った。 「こいつはありがたい。八戸さんに覚えていてもらえたとは、鉄道屋冥利に尽きますな」 「ずいぶん歳を取っちまったみたいだけど」 「そりゃそうでしょうとも。私がお世話になっていたのは国鉄の頃で、もう30年も前になります」  30年。彼にとっては瞬きのような間だ。だが年季を明けて職を辞した元鉄道員には、決して短い時間ではなかったらしい。  身体は一回り小さくなり、背も丸まった。痛むのか、後ろに回した手でしきりに腰を気にしている。
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