第1話  唯の夢、母の夢

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「それでは優子さん、本当によろしいのですね?」  そこには向かい合って座り、睨み合う二人の女がいた。一人は九条美咲。もう一人はどこか苛立ちを露にしている40代くらいの女性であった。 「勿論よ。早くして頂戴」 「......最後に一つだけ忠告しておきます。これはあなたの為ではなく、唯の為にした事です。それだけは絶対に忘れないで下さい」  九条の視線にさらなる力が込められた。優子と呼ばれる女は少し怖じ気付き、額に汗を滲ませる。 「わ、分かっているわ」 「では、この契約書にサインと印鑑を。その間にユイを連れて来ますので」  そして数分後、ドアを開く音と共にユイと九条が現れた。優子は待ってましたと言わんばかりに立ち上がった。ユイの手を握り、優子は満足そうな笑みを浮かべていた。  九条は、手にしている分厚い書類を釘を刺すように優子に渡す。 「説明書です。目を通しておいて下さい」  優子はそれを乱雑に鞄へ仕舞った。 「分かっているわ。さ、一緒に帰りましょう、ユイ」 「うん、お母さん」  そして二人は病室を出る患者の親子のように研究室を後にした。 「......気味が悪いな」  静まり返った研究室で、九条はそう吐き捨てた。 「でも、これでよかったんだよ」  九条の背後に立つ、ユイと同じ容姿でありながら、ピンクのTシャツで身を包む人 影、唯は答えた。 「唯、起きていたのか。まだ眠っていて構わないぞ?」  唯は九条の顔を覗き込む。 「もう何時間寝たと思ってるの? さすがに寝飽きちゃったよ」 「そうか、それならいいが。......だが、本当に良かったのか? あんな母親の為に自分の夢を圧し(おし)殺して残りの人生を生きるなど」  唯は先程まで優子が座っていた椅子に腰を掛け、両手で九条の顔を挟み込んだ。 「いいの。私には美咲、あなたがいるから。一生親友と暮らせて、親の夢を押し付けられる事もなく、好きな絵描きも出来るんだよ? 何も嫌な事なんて無いじゃん」 「だ、だが......」  唯の表情に真剣味が増す。 「いいったらいいの。それ以上私を惨めな物を見るような目で見るのは止めて。私はこれで幸せなんだから、それでいいじゃん」 「そう、か。そうだな。すまなかった、許してくれ」  九条美咲の目尻には、いつの間にか涙が滲んでいた。
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