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不愛想に呟いてぷいとそっぽを向くと、客のグラスを拾いながら細い身体が厨房の中にすべりこむ。無意識にグラスを持ちあげて琥珀色の液を飲んだ。いかにもスコッチらしい辛口のウィスキーが微かな甘みと酸味を伴って喉を通る。やはりそれはとても美味しくて、俺の好みにぴったりだった。
★ ★ ★
顔見知りの常連に、今日は一人? なんて話かけられたり、昨日の話をからかわれたり。その間もグラスは重ねていた。けれど、世話焼きのマスターは昨日の飲み過ぎを気にしてそれほど勧めようとはしなかったし、不愛想なもう一人のバーテンは俺に近づこうともしなかった。だから、ちびちびという程度で、それほどは飲んでいなかった。
これは時間つぶしだな。
そう思った。問題は何の為に時間をつぶしているかだ。
昨日の今日で、聖さんが店に顔を出すわけがないし、常連連中と話す気分でもない。
「今晩、暇? 二軒目行かない?」
なかなか好みの男だったけど、こういう誘いに乗る気分でもなかった。
にっこりと微笑んで、グラスに口をつける。それでも隣に滑りこんできた男を適当にかわしながら、それでもまだ時間をつぶしている。
視界の隅でマスターと朔がひそと会話するのを見た。微笑んで頷くマスターの口がご苦労さんって動く。ふわっと持ち上がった茶色い瞳が俺を見て、薄い唇が嘲るように歪んだ。その姿が奥に引っこんで、心の中でため息をつく。
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