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天城の不審者発言にため息まじりに反駁すると、聖夜さんは左腕に巻いたいかにも高級そうな銀色の腕時計に視線を落とし、椅子から立ち上がる。
「さて、そろそろ入りの時間ね。ハルも、着替えとか準備しなきゃいけないし行くわよ」
「え、もうそんな時間かぁ……わかった」
残念そうにしながらも大人しく聖夜さんに従って席を立つ天城につられて、俺達も席を立つ拍子に時計に目を向けると、既に一時になろうかといった時間になっており、トークイベントの開始まであと三十分を切っていた。
「これから準備って、握手会はいいんですか?」
「ん? ああ、握手会はこのショッピングモール側の警備の都合で時間が後ろ倒しになったのよ。だから本来トークイベント開始の一時半から握手会って流れになるわね」
「あたしが施設をフラフラしてたのもそれのおかげで時間が出来たからだしね。二人はイベントに来るの?」
「えっと、握手会は整理券が手に入らなかったから無理だけど、トークとライブは見るつもりだよ」
「俺達自身、ここに来てからイベントがあるのを知ったくらいだったからな……来た時にはもう整理券は売り切れてたよ」
問いに答えると、美月と俺の説明を聞いた天城は「そう……」と一瞬思案する顔を作ってから、何故か両手を前に差し出してきた。
「せっかくだし、握手してきましょっか」
「アイドルが安売りしていいのか?」
「いいのよ、ファンサービスも仕事のうちだし、それに美月ちゃんはファンである前に恩人だし、友達だもの」
そう言うと、天城は遠慮してなかなか来ない美月に痺れを切らしたのか、自分から「えいっ」と美月の白い手を取り、ぎゅうっと包み込むように握りしめる。
「これからも、応援よろしくね」
「う、うん!」
「さ、次はあんたよ。早くしなさいウスノロ」
「美月と態度が違いすぎませんかね……って痛い痛い痛い!?」
あんまりな言い草に呆れつつも天城の差し出す手を握ると、その瞬間ぎゅうぅぅぅぅっ!! っと全力で締め上げられ、思わず悲鳴を上げてしまう。
「お前……仕返しはもうしないって……」
「あら、殴るのは許してあげるとは言ったけど、仕返しをしないとは言ってないわよ」
何を言っているんだとでも言わんばかりにしれっと言い放つ天城を一瞬本気でどつこうか迷ったが、相手は女子、ましてやアイドルなので鋼鉄の理性でその衝動を抑え込む。
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