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「ほら、遊んでないで行くわよ。二人も」
「え? 俺達もですか……?」
「イベント、観ていくんでしょう? 恩返しがてら特等席を用意してあげる」
「はぁ……?」
小学生のようなやり取りを繰り広げる俺達を「なにしてんのよ……」的な声音で嗜めると、聖夜さんはぱちりとウインクをしてみせる。
なにがなんだかわからないながらもとりあえず店は出なければと思い直し、テーブルの端に置いていた会計用の伝票を手探りで探すが、先ほどまで置いてあった場所にそれらしい手応えがなく、疑問に思いながらテーブルの方を見ると、いつの間にか伝票は影も形もなく消え去っていた。
「ああ、お会計はあなた達が遊んでる間に済ませておいたわよ」
「えっ?」
「いつかのお礼ってわけじゃないけどね、この子のコーヒー代も入ってたみたいだし、全部まとめて奢るわ」
「いやいやいや、悪いですって」
「いいの。大体、あなた達は学生で、アタシは社会人。学生のあなた達にお金なんか出させたらアタシの面子が立たないわ。だからここは奢らせて頂戴な」
聖夜さんはそう言ってくれるが、こちらとしても八割方俺達の飲食代だったのに流石にそこまでしてもらうわけにはいかない。
どうにか引き下がろうと口を開こうとした瞬間、聖夜さんが立てた人差し指を俺の唇に押し当て無理やり口を塞いできた。
「子供が大人に遠慮するもんじゃないわよ。アタシが奢るって言ってるんだから、それでいいの。
それに、こういう時は遠慮されるより「ごちそうさまでした」って言ってもらえた方が奢る側は気分がいいものよ?」
悪戯っぽく微笑みながらそう囁くと、聖夜さんは人差し指を唇から離し、自身も一歩距離をとると、俺の言葉を促すかのように小さく肩を竦めた。
「……そういうことなら、お言葉に甘えさせてもらいます……ご馳走様でした」
「ご馳走様、聖夜さん」
俺と美月の言葉を聞き届けると、聖夜さんは「よくできました」と嬉しそうに頷き、天城を伴って歩き出す。
「あ、すいません。ちょっと先に済ませたい用事があるので、先に美月と行っててほしいんですけど……」
「あら? あなた達が別行動だなんて珍しいわね……。じゃあ、広場に来たら近くのスタッフにさっきの名刺を見せなさい。話は通しておくから、特等席に案内させるわ」
「わかりました。じゃ、行ってきます」
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