ある渡世人の子守唄①

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一  改札を出た途端、夏の日差しと熱風が全身を包んだ。くらくらするのをこらえながら、日傘をひらき、頭上にかざす。暑い。溶けてしまいそうに暑い。七月ってこんなに暑かっただろうか。  線路沿いに真っ直ぐ進んだ方が目的地までは近いのだけれど、道路は白くぎらぎらと光っている。木蔭を選んで、まわり道をしながら、公園の中を突っきって行こう。心にそう決めて、あたしはゆっくり歩き出す。植え込みのあじさいは立ち枯れてきている。池いちめんを、蓮の葉が覆って、ところどころに淡紅色の花が咲いているのが見えた。  このあいだここへ来てから、どれくらい経つだろうと、ぼんやり考える。まだコートを着ていた、寒い時期だった。  あれから、あんたに報告するような面白いことは、なにも起きていない。  歩きながら、思い出す。あんたとはじめて会ったのも、暑い夏の夜だった。もうふた昔も前のことだ。
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