赤い染み

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 「雪絵ちゃんも苦労が多いんだよ。富永も 相変わらずだから。」  母が言った。雪絵は母の一番上の姉の娘、 つまり私の従妹である。叔父は戦死して叔母 は早くに亡くなっていたので、私の父と母は 雪絵さんを娘のように可愛がっていた。そし て富永は雪絵さんの嫁いだ男だ。千葉でスナ ックを経営している。 「富永がこれを作ったのよ。」 母が小指を立てて言った。 「もう七十に手が届くっていうのにいい年し て全く。」 私は湯飲みをテーブルに置いて雪絵さんを見 た。 「享子ちゃん、驚いたでしょう。」 私は生唾を飲んだ。 「だからね、しばらくアメリカに住んでるあ なたのところで、日本のことは忘れてゆっく りしなさいって無理矢理連れてきたのよ。」 「そうだったの。」 私はお茶を飲み干し、自分のと雪絵さんと母 の湯飲みにもお茶を継ぎ足した。有難う、雪 絵さんが小さな声で言う。 「確かなの、っていうか富永さん、認めてい るの?」 「ええ、認めているわ。」 雪絵さんが言った。開き直りか、私は思った。 「それで富永さんは今、どこにいるの?」 「それが雪絵ちゃん、優しいもんだから追い 出さず、ちゃんと毎晩家に帰ってくるんだっ て。」 母が口を出した。 「雪絵さん、離婚するの?」 「わからない。」 雪絵さんは下を向いた。優しい顔をしている けど意外と勝気で負けず嫌いなのを私は知っ ている。さぞかし辛いだろう。 「潤くんと絵美子ちゃんは何て言っているの?」 息子の潤は三十を過ぎていて、シンクタンク に勤めている。絵美子は獣医だ。富永は決し て学のあるタイプではないから、子供たちの 頭の良さは雪絵さんから受け継いだものに違 いない。 「潤は父親を軽蔑してあんたなんか出て行け 言っているわ。でも絵美子は父親っ子だった でしょう。もう泣いてばかりいて。」 「家もアパートもあるんだから裸で追い出し ちゃえばいいじゃない。」 私は言った。雪絵さんみたいにきれいでしっ かりしていて、家事もちゃんとする奥さんが いて、どうして浮気なんかするんだか、私に は理解ができない。 「享子ちゃん、そんなに簡単にいかないのよ。 富永は追い出されたら食べていけないし。」 「そうやって、また庇う。まったくどこまで お人よしなんだか。」 母が言い捨てた。 「スナックがあるじゃない。」 私は母に加担した。
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