赤い染み

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「スナックは赤字なの。その女の人をママと して雇っているけど、そのママのために店を 畳まないだけで、実情を言えば収入はアパー トの賃料だけなのよ。」 「食べていけなくたって雪絵ちゃんに関係な いじゃない。」 母が口を出した。 「だいたい私は最初から反対してたんだから。 あんな水商売の男。今回の事だけじゃなくて、 今までだってちょこちょこあったんでしょ。」 「お母さん、そこまで言わなくたって。」 私は今度は雪絵さん側についた。 「いいのよ享子ちゃん、本当のことなんだか ら。」 「雪絵みたいに器量が良くて頭のいい娘が何 であんなちょっと見た目がいいだけで学歴も 中身も無い男に騙されたのか、私には理解で きないわよ、全く。その上、女たらしなんだ から。」 「でも、三十年も連れ添った主人と別れるの ってそんなに単純じゃないのよ。それに私だ って離婚してアパートの収入をふたりで分け ることにでもなったら正直言ってきついし。」 「日本の法律は男の浮気には寛大だからね 。 木造のアパートと小さな家、財産って呼べる ほどのもんじゃないし。」 母が付け加えた。 「その人とは、なんていうか、長いの?」 「一年.」 雪絵さんが言った。 「いつ頃気づいたの?」 私が恐る恐る聞いた。 「多分付き合い始めてすぐに気づいたと思う。」 私は椅子の背によりかかって手を組んだ。母 はああやだ、聞きたくない、と言って首を横 に振った。それから、時差ぼけね、私は眠く なったからお先に失礼、と言ってゲストルー ムに引き上げてしまった。  ふたりきりになると雪絵さんは湯飲みをシ ンクにさげて、ねえワインある?ちょっと飲 もうか、と言った。母は女がお酒を飲むなん て、と本気で言う昭和気質を引きずる人だか ら、母の前では雪絵さんも私もお酒を飲まな い。  雪絵さんは言ってしまってから、あらごめ んなさい、享子ちゃん今飲めないものね、と 言って笑った。私は妊婦なのだ。雪絵さん飲 みたいなら、ワイン美味しいのたくさんある よ。と言って立ち上がりかけると、いいの、 ひとりで飲んでも美味しくないからと私を制 した。そしてお煎餅を齧り、テーブルにこぼ れたお煎餅の粉を手で丁寧に集めて茶たくに 落とした。私は冷蔵庫から麦茶のポットを出 し、ガラスのタンブラーに氷と一緒に注いで 雪絵さんの前に置いた。
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