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 もう一人、別の私がいるのではないかと不安になり、友人の勧める精神科にかかった。 「イロが見えなくなってしまって、多分それからなんですけど、周りとの距離感もわからなくなってしまいました」  私は大柄な男にそう言った。 「それはいつからですか?」  男はちゃんと私の目を見て話してくれる。 「それが全くわからないんです……」  思い出そうとすれば、心が痛くなる。私は何か嫌なものを見た引き換えに、イロを失ったのではないかと、思うようになった。そうでなければ、思い出そうとしたときに心が痛くなったりはしない。特別な理由が存在しない限りは――。 「そうですか……」  男は困った表情で自分の後頭部を撫でる。そして、紙を取り何か書き始めた。 「今、ストレスになっていることとかありませんか?」  男にそう訊かれて、一つだけ思い当たるふしがあった。 「会社の上司との関係があまりうまくいっていないことが、結構ストレスになっています」  どうして躊躇もなく、私は見ず知らずの他人に本音を語っているのだろうか。私は少し不思議に思ってしまった。男が私の本音を引き出しているようには見えない。  じっと男を見つめていると、ばたりと視線が合った。私は反射的に目を逸らす。男は私と目があった瞬間、微笑んでいた。どうしてそう簡単に笑えるのだろうか。  男は優しい口調で言った。 「それは、ストレスが原因ですね。ちょっと会社と相談してみてはどうでしょうか?」  会社を知らない人間は簡単にそう言う。それができるのなら、こんなところまで来て、自分自身をさらけ出さないだろう。
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