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 気づいたら、私の世界からイロが消えていた。りんごが赤イロだということも、信号機が赤イロと黄イロと青イロで構成されているということも、見えなくなっていた。ただ、白と黒だけの抽象的な世界が淡々とどこまでも続く。私だけ別の世界で生きているみたいだ。  遠くの方から、曇天で気分が落ち込むという声が聞こえてきた。ふと、窓の外を見る。今日も私の世界は、イロを帯びていない。    記憶の片隅に残るイロの感覚を呼び起こし、想像を働かせる。曇天。確か、白と黒の中間のイロ。とても心が重くなってしまうようなイロ。前はちゃんとイロが見えていた。それなのに、どうして見えなくなってしまったのだろうか。 「柿崎(カキザキ)! 会議に出ろって一週間前に伝えただろうが! なんでいつまでたってもこないんだよ」  部長の怒号がオフィス内に響き渡る。  返事をする声が上ずる。周囲の人間は部長とも私とも目を合わせないようにパソコンの画面を見つめる。カタカタとキーボードを叩く音がすごく不快に感じる。  一週間前――思い出せない。私は会議なんて知らない。ここ最近、こういうことが増えた。どうして、私だけ知らないのだろう。疎外感だけが募っていく。  企画書出来た?  そんなこと知らない。  昨日、食事の約束したよね?  知らない――。
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