夢幻亭

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 その奇妙な店は、ある日、唐突に現れたのだという。  駅前の大通りを一本入った密集地にある、黒塗りの小さな一軒屋。  いつからあるのか、――以前は何があったのか。  誰も覚えていない、この謎多き店には、ある噂だけが存在していた。  そこでは、『夢』を買い取ってくれるのだ――と。    *** 『カラン、コロン――』  どこか懐かしいドアベルを鳴らすのは、ここに不思議な噂があると聞いてやってきた苗下壮一(なえしたそういち)。  路地に面する小さな二階建家屋――外壁は黒塗りで、不気味に佇んでいる。  壮一はドアを開けると、すぐに顔をしかめる。  慣れない香の匂いが漂い――なによりも、まだ日は出ているのに異常なほど店内が暗い。  壮一はそろりと声を出す。 「すいませーん、……入ってもいいですかあ?」  開店前、という暗さではない。  外見を見る限り、窓が一つもなく、つまり外光を一切取り込まない造りなのだ。  だから暗い。――漆黒の闇。  壮一はまだ店内に入らずに、入口から目を凝らす。  内部は暗幕に覆われ、明かりが一つもないようだ。  ここは一体何なのか。あの噂は本当なのか――壮一はひどく訝しむ。  店の外には看板らしきものもなかった。
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