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しかしそれから半年後、蝉が外で鳴き始めた頃を境に彼は私の家を訪れなくなる。
どうやら白血病が再発したらしい。
いつかはこんな日が来るのは分かって居ながらも、蜜を失った蜂は空虚な瞳を宙に向ける。
「美沙、最近どうしたんだ?元気ないな」
半年間裏切り続けていたことに気付かない夫も、今の私の変わりようには気付くらしい。
「なんでもないよ。大丈夫」
そう応える事しか出来ない私は無理に笑顔を作り、家事と育児に没頭する。
更に半年が経過し、彼は死んだ。
彼は再び、何も言わずに私の前から去って行った。
見舞いにも葬儀にも行けなかった私はただ、夫と息子の居ない場所で泣き続けた。
彼と出逢った冬がもうすぐやって来る。久し振りに卒業アルバムを開いて見た。
挟んだ覚えのない封筒が一つ滑り落ちてくる。足下に落ちたそれを拾って開封すると、もう感じる事が出来ないと思っていた蜜の香りが微かに鼻に入って来る。
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