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自分のことを好きな奴に、そんなことを言うのは酷いのかもしれない。だけど、気持ちに応えられないことはハッキリ伝えたかった。
「そっか。じゃあ失恋だ、私」と田辺はまたフフッと笑った。
「なのに、どうして篠崎君はそんなに落ちているの?」
「……いいじゃん、なんでも。約束すっぽかしてごめん。そういうことだから、田辺は他の奴を好きになれよ」
俺はそう言って、足元に置いていた鞄を手に取った。
「その彼女とは付き合うの?」
俺の背中に田辺の少し張った声が響いた。
「……いや。両想いだけど、もう会えないんだ」
真っ直ぐすぎる田辺のその気持ちに嘘は言えなかった。
「だけど、彼女が好きなんだ」
「……そっか」田辺は頷いて笑った。「だけど、私も篠崎君が好きなんだ」
俺は振り向いて、きちんと田辺の顔を見た。
「ごめん。当分、誰かと付き合うとか、そういうのは考えられない」
「いいよ、そんなのどうでもいい。ただ、私が好きなだけ」
そう言って笑った田辺の笑顔はチエミには全然似ていなかったし、チエミの面影も一切無かったけど、どこか惹かれるものがあった。
俺はそんな自分の気持ちに少し驚いて、ジッと田辺の顔を見ていた。
「なに?」と、田辺が照れることもなく微笑んだ。
「いや……」俺は目を逸らしたけど、チエミ以外の子にも惹かれることもある未来を予感して、チエミをいつか忘れるのかもしれない、そう思うと切なくなってやりきれなくなった。
だけど、生きている人間はそうやって前に進んでいくしかないのかもしれない。今はとても受け入れられなくても……。
「じゃあ、帰るね。邪魔してごめんね」
田辺が綺麗に笑って手を振ったから、俺も真顔のまま手を振った。
1階に続く外階段へ向かった田辺が、「あっ」と言って立ち止まって振り返った。
「あのさ、学校で話しかけたりしても大丈夫? すれ違った時とか……こうやって姿を見かけた時とか」
相変わらず真っ直ぐこちらを見つめる田辺の瞳に、俺は「ああ、別にいいよ」と答えていた。思わせぶりな態度なのだろうか……? と心の中で迷いながらも。
田辺は嬉しそうに少し頬を赤らめて笑うと、「ありがとう」と言って小走りで階段を下りていった。
そんな健気な姿に少し心が動くのを感じながら、俺はそれでもチエミを想って夕陽を眺めた。
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