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「え」
「いいだろ?たまには兄ちゃんに付き合え」
兄に誘われるなんてことは、もしかしたら人生で初なのかもしれない。子供の頃は、自分が兄を追いかけていた。兄の行くところにはどこでも着いていった。そう思うと、今は兄弟が同じ会社にいるというのに何の接触もない。兄離れできているといえば、聞こえがいい。
どちらにしろ、今の要は、和田の待つ家に帰ることを躊躇していた。先延ばしにしただけには変わらないが、もし少しでも気分が晴れれば、気持ちが変わるかもしれない。
要が返事をする間もなく、兄は「じゃ、エントランスで待ってて」とすでに決めていたようだ。
要は他の書類の用事を済ませて総務に戻ると、どこからか戻ってきていた浜村は電話中だった。直接、兄のことは伝えられなかったが、笑顔で手を振って送り出してくれたので、すでに兄が伝えていたのかもしれない。
エントランスで兄を待ちながら、和田にLINEで、帰りが遅くなる旨を連絡していると、少し遅れて兄がやってた。
二人はたわいもない話をしながら、駅前の居酒屋の暖簾をくぐった。その居酒屋は、純太郎と会った店で要の表情は少しだけ曇った。居酒屋の威勢のいいかけ声に、あのときの光景も自分の記憶から消えてしまえばいいのにと少しだけ願った。
「そういえば酒が飲める年齢になってたんだな、おまえ」
兄がメニューを広げながらそう言った。何をいまさら…と少し呆れる。
「兄ちゃんの中で、僕はいくつで止まってるの?」
「そうだな、17歳くらいか」
「少しは大人になったつもりだけど?全然成長してないみたいじゃん」
「ばーか、俺にとってはいつまでもかわいい弟だよ」
調子いいなと呆れながら、わだかまりなく兄と話せていることに気づく。
1年くらい前だろうか、兄を見返してやろうと浜村を兄から奪うことを考えて、結局浜村には相手にしてもらえず、しかも兄には最後に殴られるという別れ方をした。いくら自分の中で気持ちの整理をつけたといっても、こんなにもすっきりと兄と対峙できている自分に驚いている。仮にも、昔、本気で好きだった相手のはずなのに、自分の中ではその気持ちすら過去にできている。
こうなるのだろうか。純太郎への気持ちも、時間がたてば過去になるのだろうか。
そもそも、純太郎の気持ちは小さなものだったのだろうか。今は、自分のことなのに、それがわからない。
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