橋本荘

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 橋本荘には寿と岡本家、そして珠希が住んでいるだけだ。  狭いアパートの、少ない住人同士は、自然と親しくなり、寿と岡本家は家族ぐるみの付き合いをしていた。  寿が兄弟の微笑ましいやりとりに笑っていると、エミがラブを抱え直しながら寿を見つめた。 「ねぇねぇチャーくん、知ってる?」 「なに?」 「最近、うちのアパートに猫ちゃんが来るようになったんだよ」 「オレ、まだ見たことない!」  タケシがラブを取り返そうと手を伸ばす。それを阻むように、エミは体の向きを変えた。 「あたしもまだ何回かしか見てないんだけど、夜にね、お月様が出てる夜に、うちの前を横切ったんだよ。白い手袋した、可愛い猫ちゃんだったの。一回だけ触らせてくれたんだ」 「へぇ~。触らせるなんて、野良猫じゃないのかな?」 「そうかも。首に、可愛い鈴つけてたよ。猫ちゃんが歩くと、リンリン、て鳴ってた」 「いいなぁ。俺も会ってみたいな」  猫好きの寿が羨むと、エミは楽しそうに笑って、ずり落ちそうなラブを膝を使って抱え直した。その隙に、タケシがもう一度ラブに手を伸ばした。 「あれ?」  光の加減か、エミとラブを奪い合っているタケシの腕に、指の跡のような痣が見えた。  寿の視線に、タケシの動きが止まる。  寿は眉間に皺を寄せ、なるだけタケシを困らせないよう、そっと細い腕に触れた。  タケシは寿を見ない。しかし姉のエミが、毅然と顔を上げた。 「ほんと情けないんだから、タケシってば! クラスの奴らにやられたんだって! また一回もやり返せなかったって言うんだよ?」  エミがタケシを睨むので、タケシは小さな体をより一層小さくした。  すかさず寿が擁護する。 「エミぃ、お姉ちゃんだろう? そんな意地悪言うなよ。大体タケシは悪くないだろう? いじめる奴の方が悪いんだから」 「そうだけど、一回でもやり返せば、もう手を出してこなくなるんだよ? いつまでもやられっ放しだから、あいつら調子に乗るんだもん!」  姉の厳しい口調に、寿も怯む。小三と言っても女の子はやはり女性で、寿はすでにエミに口で勝つことができない。止むを得ず、無言でタケシの頭を撫でた。  エミからラブを取り戻したタケシは、ギュッとラブを抱き締めた。ラブは苦しそうだが、タケシの心中を察したのか、大人しくしている。  タケシのいじらしい様子に、寿は胸を痛めた。
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