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漁師だった父が嵐に遭い帰らぬ人となったのは、私が二歳の頃だったと聞いている。
あわや転覆の危機を免れた父の漁船は見つかったが、父の姿は船に無かった。
母は、父の生還を信じ、漁船を修理した。
しかし、父はもう還る事は無く、女の細腕で漁など出来る筈もなく、母は、釣り船を生業とし、それから女手一つで私を育ててくれた。
朝早くから夜遅くまで働きに働き、かといって、学校行事や、生活の一切をも、私に不自由をさせまいと、夜をなべてでも手を抜くと云う事は一度も無い母だった。
私は、そんな母が大好きだった。
だから、遊びたい年頃でも、母の手伝いは必ずしたし、私が手伝う事を喜ぶ母の笑顔を見るのがとても嬉しかった。
私と母の関係は、その様なものである。
母ひとり、子ひとり。
母と私の絆は、間違っても食事が不味いくらいでどうこうなるものではない。
しかし、学校からの帰り道、広く突き出した我が家の軒に来た瞬間、あの匂いがした時だけは・・・
やはり憤懣を憶えるのだ。
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