三章:予定調和

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二強同盟あらため『GwD』が与えた衝撃から冷めやらぬ校庭に落ち着きながらも何処か楽しげな声が生まれた。 「恵流様。その割り箸に雲を巻いたような品物は何でしょうか?」 一度聞けば耳が惚れる。不思議と興味を惹かれた生徒達が反射的に音源を見れば、ふわりと流れる金色の滝に今度は瞳が首ったけになる。 足元まで届く程の三つ編みで一本に結わえた髪が踊り、無垢な笑顔が覗く。地上に舞い降りた天使。その笑顔は一体誰に向けられているのか? 興味は順当に変遷して、衆人は隣で白いボンボンを両手に持った男を見る。 「これは綿アメって言う祭りでは定番の甘いお菓子だよ。イリスも食べる?」 「はい、是非」 ――何故お前なのか。男子達は殺意に近い衝動を持て余して恵流を睨み、女子達は遠巻きにイリスに同情の視線を送った。 恵流は肌がひりつく程の関心を注がれている事を知りながら、曇りのない笑顔で雲のお菓子を一つイリスに差し出す。 イリスは両手で包むように露出した棒の部分を掴み表情を華やがせた。 「ありがとうございます。ふふっ。恵流様からの初めての贈り物なので、何だか食べてしまうのが勿体無く思います」 「食べてくれないと困るなぁ」 場合によっては乱入も辞さない腹積もりで多数の観衆が見守る中、恵流も無邪気に目を糸にして。 「僕がイリスにプレゼントしたいのは思い出なんだ。綿アメはいずれ溶けてなくなってしまうけど、僕と一緒に食べたって記憶は君が忘れなければ君の手元にずっと残るからね」 とても変な事を言い出した。こいつは何を言っているのだろうか。恵流の台詞を脳内でリフレインして、そうしてようやく知覚した女子達は全身が粟立つ。 イリスはどうだろうか? 男子達が凝視する先で、イリスから笑顔が消えた。当然の結果だ。恵流じゃなくても、あんな気障な台詞を言われれば冷たい風が吹き抜けるのが世の常なのだ。 と、誰もが考えたが、どうやら余人には読み取れない行間が二人には見えているようで。 「恵流様は意地悪です」 「僕は天衣無縫のクズなんでしょ?」 「ふふ、そうでしたね」 何とも睦まじい空気が醸しだされる。目に毒だ。観衆の関心は二人から離れ、それがクッションになったのか先程の蹂躙の情景も無事消化されて、祭りらしい喧騒がグラウンドに蘇っていく。 そんな中、一人だけ取り残されている者が恵流の視界に留まった。
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