「ある日の職員室」 by くろきん

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「ええと──」  壁際に椅子ごと追い詰められて、二ノ宮先生が戸惑っている。  小南がつぶやいた。「何、このときめくシチュエーション」 ──小南! あんた、意外と分かってるじゃない。  瑤子は、思わず叫びそうになって、あぶないところで飲み込んだ。これまで、小南の素行の派手さばかりが目についていたが、意外に面白いやつなのかもしれない。 「髪──」  佐古田が、二ノ宮先生の頭を凝視している。 「髪? 僕の?」  二ノ宮先生が、おそるおそる聞き返した。佐古田がうなずく。 「どこで切ってるんですか」 「ええと、別に普通の店ですが」  いつになく強気な佐古田を見つめたまま、二ノ宮先生が返事をする。どうやら、相手の妙な迫力に押されて、目がそらせないらしい。 「どこですか!」 「自宅の近くで──」 「店の名前は!」 「あー、何だったっけ。えーと」  二ノ宮先生が、視線をさまよわせた。もともとこだわりがないものだから、そもそも覚えていないのだろう。困り果てている。  瑤子は、ふうっと息を吐きだし、椅子に腰を下ろした。  乱闘の危機は去った──というか、もはや、ものすごくどうでもいい会話になっている。 「すみません、覚えてません」  瑤子は、キーボードをポチポチとたたいた。 <at a loss (途方に暮れる)>  佐古田が、「今度、見てきてください」と言い、二ノ宮先生が「はい」と答える。 「じゃあ、服は? どこで買ってるんですか?」 「服? 普通に、そこらで」 「そこらって、どこですか」 「街なかで、通りすがりに。ああ、あと、ショッピングモールとか?」 「嘘だ」  二ノ宮先生が、さすがにむっとした声を出した。 「嘘なんかつきませんよ」 「本当は、ブランド物ですよね。でなきゃ、そんなに恰好よくなるはずがない。隠すんですか。他人に教えたくないんだ!」  服ではなく、中身の問題だと思うが、佐古田は分かっていないらしい。
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