目覚め

3/6
48人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
 仕事が終われば、即刻、一分一秒でも早く帰途に着き、化粧を落として、襟のよれた部屋着に着替え、誰にも気がねのない部屋の炬燵に入り込み、朝ドラと、気に入ったアニメを流しながら、タレに漬け込んだ味卵や、炊き込みご飯、日曜に手間をかけ、味を穏やかに染みこませた、おでんなどを食べることを楽しみにしてきた日々だった。  私の一人暮らしは、そのように淡々と、何事にもこだわることなく、実にあっさりとしたものであった。  それが、どうしたことか、唐突に『担々麺』と脳裏に浮かんだのは、昨夜の夕食も食べ終え、歯を磨き、まさに寝ようとしていたときだった。  空腹でもないのに、コシのある麺に、山椒のきいたピリ辛の汁。  ひき肉を混ぜた担々麺は真っ赤ではなく、四川中華に相応しい、大人の辛さ。  湯気と共に香る、香辛料のかぐわしい香り。  想像するだけで、食べずにはいられない強烈な欲求。  なにをしても誤魔化せず、睡魔も訪れない。  閉じた目は、情報をシャットアウトし、容赦なく食欲のみを押し出し、『担々麺』『担々麺』と連呼する。  三十分我慢に我慢を重ね、ベッドに横になって堪えていたが、睡魔を押しのけるほどの欲求についに起き上がってしまった。バックから財布を取り出し、しかし、どうにもならない時間に部屋をウロウロと回る。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!