目覚め

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 昨日の夜から待ちわびていた食べ物。見た目も、香りも文句なし。  まずはスープからと、濁りがない、透きとおった汁をれんげで一口すくい、こくりと飲み込む。  山椒の香り、遅れてくる辛さ、ひき肉のコク。  目を瞑って、天をあおぐ。 『これだ。間違っていなかった。これだった……!』  麺は太目で噛みごたえ十分だ。  ふうふうと息をふきかけ、麺をすする。麺料理は、すするのが礼儀だ。  合間に汁を飲み、野菜を食べ、口の中の味を、おかずにご飯をかきこんでいく。  額から汗が流れるのも気にせず、私は全身全霊で担々麺に向き合った。  麺を食べ終えても汁を飲み、底に沈んでいた具材も残すことなく、口に入れた。セットであった、ご飯は空っぽだった。  八百円に消費税を足して支払いを済ませ、店を出た。  空には秋の鰯雲が高く広がり、足元を吹く風が心地よかった。  三十三年、欲のない人生を生きてきた私にとって、これは大きなイレギュラーなできごとだ。だが、後悔はない。そして今後の心得を胸に刻んだ。 『今回ような事態が起きたとき。それは、私が生きている喜びを感じたいと願う心のSOSなのだ』  今度はいつ訪れるのだろうか。私を悩ます極上の美味は。休みの身体は、一足早い冬物を見て回ろうと、動き出した。
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