48人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
昨日の夜から待ちわびていた食べ物。見た目も、香りも文句なし。
まずはスープからと、濁りがない、透きとおった汁をれんげで一口すくい、こくりと飲み込む。
山椒の香り、遅れてくる辛さ、ひき肉のコク。
目を瞑って、天をあおぐ。
『これだ。間違っていなかった。これだった……!』
麺は太目で噛みごたえ十分だ。
ふうふうと息をふきかけ、麺をすする。麺料理は、すするのが礼儀だ。
合間に汁を飲み、野菜を食べ、口の中の味を、おかずにご飯をかきこんでいく。
額から汗が流れるのも気にせず、私は全身全霊で担々麺に向き合った。
麺を食べ終えても汁を飲み、底に沈んでいた具材も残すことなく、口に入れた。セットであった、ご飯は空っぽだった。
八百円に消費税を足して支払いを済ませ、店を出た。
空には秋の鰯雲が高く広がり、足元を吹く風が心地よかった。
三十三年、欲のない人生を生きてきた私にとって、これは大きなイレギュラーなできごとだ。だが、後悔はない。そして今後の心得を胸に刻んだ。
『今回ような事態が起きたとき。それは、私が生きている喜びを感じたいと願う心のSOSなのだ』
今度はいつ訪れるのだろうか。私を悩ます極上の美味は。休みの身体は、一足早い冬物を見て回ろうと、動き出した。
最初のコメントを投稿しよう!