たたかう喫茶店

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 その奇妙な店は、事実を知らなければ何てことない普通の喫茶店なのだが……。  奇妙すぎてどう説明していいものかわからない。ので、僕がその店で実際に体験した一日を、順を追って話そうと思う。  きっかけは一本の電話、とある週末のできことだった。 「なあ後輩君。二人でコーヒーでも飲みにいかないか」 「二人でっスか?」  たまの休みに昼近くまで寝て、目を覚ましたすぐ後のことだった。声の主は会社の先輩で、歳も近く日ごろよくお世話になっている人だ。 「連れていきたい店があってね」  そうは言われても、どうしてたまの休みに男二人でお茶せにゃならんのか。  このあいだも上司に叱られていい加減気が滅入っているし、今日はひとりでのんびり過ごしたい。  との旨を可能な限りマイルドに伝え、丁重にお断り……といきたかったのだのだ。本当は。しかし「面白いものが見られるから!」と執拗に僕を誘う先輩の熱に圧されて、結局案内されることになってしまったのである。あの、アホみたいな喫茶店に。  あまり広くはないものの、明るくて統一感のある内装の、静かで瀟洒なカフェ。最初の印象はそん感じだった。  『よくあるタイプの』とつけてしまうとそれまで、とはいえ特別悪くはなく――ただ、特別面白いものがありそうなものでもなかった。店の奥の方に大きなモニターがあって、たくさんのお客と一緒にスポーツでも観戦すれば、その時はまあ盛り上がるのかもしれない。 「やあマスター。予約を入れておいたんだが……」 「いらっしゃい。どこでも空いてるところに掛けてくれ。そちらは新しいお客さんだな」  カウンターの向こう、マスターと呼ばれた人物がにこやかに笑う。長身で、カジュアルな服装の上に店のロゴらしき英文字の入った黒いエプロンをし、頭をバンダナで覆った快活そうな人物だった。袖からのぞく健康的な浅黒い肌とたくましい腕には女性ファンも多くいそうだ。 「ところで、今日の予定は?」  カウンター席に腰かけながら、先輩がマスターに聞いた。 「そうだな、一時間後くらいだ。何か飲むかい。それとも……」 「俺はホットのブレンドと、フードも。パスタをひとつ頼むよ」 「じ、じゃあ僕もブレンドコーヒー……ホットで」  腕時計と僕たちの顔とを見比べるマスター。先輩がさっさと注文を決めてしまったので僕もとりあえず一杯もらい、細かいことは飲みながら聞くことにした。
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