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「さ、行きましょ、直緒さん」
典子が直緒を促す。
ヒロム先生から後日の面談を取り付けることができ、ひどく得意げだ。
直緒も、せいいっぱい威厳をもって、典子に続いた。
「帰れっ、モーリス! 二度と来るなっ!」
罵声が聞こえた。
桂城が、夢から覚めたような顔で罵っていた。
恐らく、さきほど老婦人からかけられた魔法が解けたのだろうと、直緒は思った。
「この展覧会の準備は、全部、しあわせ書房がしたんだ。BL出版社の入る余地なんか、これっぽっちもありゃしないんだ」
思わず直緒は、振り返った。
「ということは、作品のタイトルも、あんたたちが書いたんだな?」
「あんたたちとはなんだ。そうだよ。先生は、ご自分の絵にタイトルをつけることはなさらないからな。あのタイトルは俺が考え、俺がタイプした。ほらみろ。しあわせ書房と先生の間には、深いつながりが……」
「ほうようりょく」
「は?」
「だから、『抱擁力』。ライオンが仔ネコを、後ろから抑え込んでる絵!」
「ま、ま、まさかあれを、腐った目で見たわけじゃないだろうなっ。あの、心洗われるファンタジックな絵をっ!」
「はあ? 腐った目? 俺の目のどこが腐ってる! そっちこそ、目薬でもさしとけ!」
「なんだと!」
「いや違う。お前の目は、フシアナだからな。フシアナに目薬をさしたら、無駄というものだ」
「俺の目がフシアナだと? 言うに事欠いて……」
「タイトル書いたの、あんたなんだろ? 『力』を入れるなら、『包容力』だよっ! 『抱擁力』じゃなくっ!」
一矢報いた、と直緒は思った。
校正で得られた、数少ない勝利だ。
一瞬遅れて、桂城の顎が、がくんと下がった。
目を剥いて、自分が書いたタイトルを見ている。
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