太歳の宴

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風に混じって、地鳴りの音が沿岸に響き渡る。大地を踏み鳴らす人足と馬蹄、そして車輪の音。 ゆうに千を超える行軍が離宮を目指して進んでゆく。中央には四頭の馬に引かれて走る、ひときわ大きく豪奢な輿があった。 時折窓から顔を覗かせるのは、戦国七雄の覇者として中原にその名を轟かせた秦の始皇帝その人である。 そこから少し離れた後ろを、檻車が走行する。皇帝の車から付かず離れずの距離を並走する囚人の護送車――――それは誰の目にも異様に映った。 堅牢な走る檻には、奇妙な風体の男が繋がれている。 象牙のような肌に、赤銅と青錆の色をしたまだら髪。徐福からの使い、“拐”と名乗ったその方士は目の覚めるような青い衣を着ていた。 青衣とは賤者の象徴である。不遜だと、李斯は眉をひそめた。 (なにゆえ、陛下はこのような者に信を置かれるのか……) 徐福の使いが太歳を携え、この国に戻った。 その報せが皇帝の耳に届いたのは始皇37年、5度目の天下巡幸の最中のことだった。 「大海原を越えてはるか東方の彼方には、神仙の棲まう三つの神山がございます。仙人らへの貢物をお預けくださるなら、私は不老不死の霊薬――――“太歳”を献上いたしましょう」 そう豪語した方士・徐福が金銀と五穀百工、膨大な数の人員を始皇帝より賜り、浪邪台から東方に向けて出港して早8年。 一向に音沙汰のない徐福に、巷では皇帝から金品をせしめた詐欺師という噂が囁かれていた。 徐福との出会いの後、始皇帝は神仙術の世界に傾倒してゆく。 この世の何よりも、古の三皇五帝より尊い神である「始皇帝」が老いて死ぬことなど、あってはならない。 そう考えた皇帝は大勢の方士たちを宮中に召し抱え、不老不死の霊薬を作るよう命じた。 しかし数年後、徐福を含め何の成果も上げない方士たちに業を煮やした皇帝は、数百もの方士と、自分に異を唱えた儒者たちを生き埋めの刑に処した。世にいう焚書坑儒である。 秦都・咸陽を流れる水路には、不老の薬……水銀が絶えず流されている。ひと月前、水銀が人体に毒ではないかと箴言した学者が首を刎ねられたばかりだった。 若き日の聡明さも影を潜め、皇帝は不老不死という妄執に憑りつかれていた。
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