十三

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 具体的な服装まで告げられて、ひよりの脳裏には、その少女がすっかりと姿を現してしまっていた。少女はなぜか綾子の顔をしていた。友好的な微笑みを浮かべて、透けたからだをしていて、手招きをしていて、こちらをまっすぐに見ている目は、しかし、ちらとも笑っていない。 「足を踏みだしたところで、肩をつかまれた。俺をひきとめたのは、M邸の西隣のC邸を修理しに来ていた英国人だった。あそこに女の子がいるのだと言うと、彼はM邸の二階の窓を見て、表情を険しくした。『それはきっと悪魔だ。知らんぷりをしないと、魅入られてしまうぞ』。そう、忠告された。俺が少女のからだが透けていることに気がついたのは、忠告のあとだ。怖じ気づいたのがわかったか、少女はふいに手招きをやめ、笑顔のまま、前に、つまり窓の外に倒れこむように消えた。あっ、と思うまもなくかった」  ぐらり。ひよりの脳裏で、上半身だけの綾子が窓の外へ身を投げる。長い髪は重力にも風にも影響されずにぺったりと背についたままで、綾子は視界から消え失せる。 「このときを境にして、俺は死者を意識するようになった」 「──ふしぎな縁ですね。子どものころ、修復中の洋館で初めて幽霊を見て、大人になって、今度は洋館の修復をしているだなんて」 「ふしぎも何も、修復士になったのは、そのときに建築に関心を持ったのがきっかけだ」  それは、意外な告白だった。まさか、幽霊に関することだけでなくて、建築に携わるきっかけも同じときにあったとは。遊佐がみずから口にしたことにも、ひよりは少なからず驚いた。だからだと思う。ひよりは、そのことにとても興味を惹かれた。遊佐のこころをつかんだのは建築のいったいどのような部分であったのか、知りたくなった。  ひよりは今朝、建築に関する知識を饒舌に披露する遊佐を見ている。あんなふうに熱っぽく語る彼の横顔を、もう一度、目にしてみたいとも思った。 「異人館で女の子を見たのとは別に、何かがあったんですよね? どうして建築に関心を持ったのか、聞いてもいいですか?」  遊佐は鳥の巣頭をかきあげ、いささか眠そうにした。あくびをかみ殺して、ぼやけた声で尋ねかえしてくる。 「君の関心事は、俺の見ている『幽霊』がどんなものかということではなかったのか?」
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