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窓を叩く雨の向こうに、
寄せては、返し。
爽やかな潮風の通る窓の向こうに、
寄せては、返す。
ー絶え間ない波こそは、茫洋として流れる時間の友達であった。ー
( 百億の昼と千億の夜 光瀬 龍 著作 )
「 お父さん、船が行くよ。」
少女は、開けた窓の外、沖を指差した。
「 クルーズ船だね。」
父親は、ベッドを挟んで眺めた。
「 乗りたいなぁ…。」
それは、少女とその父親の夢だった。
窓を叩く雨の向こうに、
爽やかな潮風の通る窓の向こうに、船が行く。
波の音を聴きながら、
少女は永遠の眠りに就いた。
海堂 由加 享年15歳。
窓を叩く雨の向こうに、
爽やかな潮風の通る窓の向こうに、
今日も船が行く。
白い船体後部のファンネルマークは、真っ青な人魚姫のシルエット。
海堂海運所属のクルーズ船だ。
父親が用意した娘の為のスウィートには、少女の遺影が壁にかけられている。
その船は遺影を抱いて海を行く。
白い波を創りながら。
防犯監視カメラは捉える。
夏休みの賑やかな船内の様子を。
神戸を出航した人魚姫の広いラウンジでのセレモニー。
5つある円柱形の水槽には、珊瑚礁とカラフルな魚が泳いでいる。
その間に備えられたテーブルには、食事の為の皿やコップ、ジュースにビール。
演壇の代わりに、吹き抜けのラウンジから、上の階に上がる為の階段が利用され、
今、ネイビーブルーの制服の船長 米村 譲治のスピーチをマイクが拾う。
短い挨拶の後、海堂海運代表取締役の海堂 徹氏のスピーチが続く。
「 この度は、ブルーマーメイド号にご乗船頂き誠にありがとうございます。
ブルーマーメイド号は、弊社第1号のクルーズ船として就航してまいりました。」
と、彼は短く会社概要と船の紹介を進め、そして…、
「…以来36年間、皆様に優雅な旅を提供してまいりましたが、
終に、フィナーレを迎える事となりました。
長年の御愛顧ご利用を頂き、誠に感謝に堪えぬ思いでございます。」
そう、
このクルーズが最後である。
従って、これはブルーマーメイド号就航36年記念及び
引退セレモニーなのだ。
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