ミス火星の、乱

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「貨物列車では来ないから。あんたは昨日、そう言った。そのフレーズを、昔、おれは聞いた覚えがあるんだ。  貨物列車では来ないから・・・」  ナンカンは音程のはずれた声で、さえずるように歌ってみせた。 「音痴ね。」  ミルクティは笑った。そしてその笑みはすぐに消えた。  彼女も小声で、合わせるように歌った。               5  太陽系歴2758年。  地球連合と火星連邦は、経済的摩擦が拡大して、ついに武力衝突を起こした。  火星スキアパレリ高原の市街地において、地球連合の特殊中隊と火星抵抗軍の戦闘は激烈を極めた。いつの時代においても、戦禍の犠牲者は弱者ばかりである。  両親を失い、孤児となった幼いミルクティは、荒廃した鉄錆色の高原で虚空を眺める日々が続いた。空腹と親のいない冷酷な現実は、確実に死を意味していた。  あちこちで略奪や暴動が頻発した。  衰弱した彼女を救ったのは、連合軍にも抵抗軍にも属さない、日和見的な傭兵集団だった。    貨物列車では来ないから  爆弾抱えた 船がやって来る  きょうも酒飲んで、ヨーソロー  彼らは、戦闘が無い時は稼いだクレジット貨幣で、歌い、遊びまくっていた。  幼いミルクティは、彼らのあとについていくしか生きる術がなかった。  彼女の世話焼きが、ナンカンだったのだ。荒くれた傭兵たちは、少女にも銃の扱い方や重機車両の運転を教えた。  彼女が10歳になった頃、転機が訪れた。  地球連合と火星連邦は和平条約を締結した。傭兵集団は不要になり、彼らへの掃討作戦が開始された。降伏し、連合か連邦のどちらかへの帰属が、傭兵たちの安全を保障する道だったが、それは表向きで、実際には多くの傭兵たちが殺害されるか辺境星域の収容所に幽閉された。  ミルクティは、ナンカンがどのようなコネを使ったのかはわからない。彼女は、難民指定を受け、しかも火星連邦の特A級市民として保護されたのだった。  連邦が手配した快適な車両の、ふかふかの座席の窓ごしに、満身創痍のナンカンが見えた。ミルクティは、あの人も一緒に助けて、と職員に泣いて頼んだが首を横にふるだけだった。  ナンカンが拳をつくって、その腕を高く突き上げるのが見えた。    ミルクティは最高クラスの寄宿舎を併設した教育機関で少女時代をすごし、豊富な知識を取得し、美しく成長した。  そして、ミス火星の栄冠。
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