第1章

2/24
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/27ページ
裕は、父との不仲がわかりすぎるくらいわかっていたのに、そのことをすかっと忘れたふりして、慎一郎の元に度々参上した。 マンボウみたいに回遊しているような、のらくらしたヒト、と放言してはばからない姪を、そのまま受け止める叔父のことがとても気に入っていたからだ。 女の子が身近にいる親族にほのかな思慕を抱くのは全く持って珍しいことではない。 特に、慎一郎は姪の贔屓目抜きにしても女子の憧れに応える充分すぎる条件の持ち主だった。 背、あくまで高く、太りすぎでも痩せすぎでもない優男。職業が大学助教授なのだからバカではない。男にあるまじき腰に届くような長髪をなびかせながら歩く姿は、まるで映画かマンガの世界から抜け出たようだ。 これで服装がイケてないと全てが台無しだが、どこで見繕ってくるのだろうと感心するくらい、本人の体格と持つパーソナリティ、そして職業に見合った服を嫌味なくさらりと着こなしてくれるのだから。隣に侍らせて歩く時の誇らしさといったらない。 もちろん、見てくれがいいから好きなどという幼稚な理由だけではない。 たとえば、ふたりきりで長時間面と向かい合う時は、お互いに黙っていても気詰まりにならない。反対に山のように一方的にしゃべっても無視しない。つっかかっても甘えても全てを受け止めてくれる。 そして、他愛無い話題も、アカデミックな議論もお手の物だ。時には適度に相手を突き放す冷たさも持っている。 気易さと危うさが同居する大人の男性に惹かれるのは、男性に免疫のない裕には仕方ないことだった。 特に、彼女が中学生になって以降は、都心と彼の勤め先である大学への憧れが同居して、叔父の元を訪れる回数が増えた。足を運ぶ度に、ここが自分の居場所だと思い、確信するようになった。 彼の元を訪れると、裕は必ず一度はこう切り出した。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!