第1章

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 いいでしょう買いましょうご本を。売りましょう、いくらでも。こうなったら乗り掛かった舟でござんす。その前にそう、松介さんの物したこのご本、今からこの場で作者本人が語ってくださいませんか」  第一章  北の地の短い夏に吹き渡る風はうんざりするほどさわやかで、降り注ぐ日の光に白茶けた砂浜や、青緑色をした湾内の水面に吹き渡る。背にした丘や断崖や山々の緑はいよいよ色濃く、これから夏の盛りを迎えることを大いに誇示している。  北の海辺には蝉の声は届かない。ただただ寄せては引く波の音が真夏の静寂を助長するのみだ。  夏の光を全身に浴び、浅黒く日焼けした長身の青年が焼けた砂浜を歩いている。今さっきまで磯で海栗や鮑を獲っていた。家に伝わる穴場はつい先年父から教えてもらった場所であり、やがては子に伝えるものである。  それがいつになるのか。  それを思うと青年はとても誇らしいような面映ゆいような、云い表しようのない感覚にとらわれる。
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