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「え、俺?」
「今はもう前みたいに泣いてない。静かだ」
「あほか。泣いたことなんて俺は!」
「嘘だ、すっごく泣き虫で怖がりな癖に」
図星を突かれ、言い返したいのに反論できずに滝は、両手のふさがった綾斗の髪を腹立ちまぎれにくしゃくしゃと乱暴に撫ぜた。
気持ちが凪いだのは自分でもわかった。
過去の後悔が消えたわけでも、自分の罪がチャラになったわけでもなかった。
ただ、自分の悲しみを受け止めてくれてくれる他人が傍にいる。そのことでこんなに癒されるのだと、改めて滝は気づかされた。
耳をピンと立て、声を聞いてくれる。黙っていても、聞こうとしてくれる。
何をしたわけでもないこの綾斗の存在は、その存在自体が透子の心を少しずつ溶かして行っていたのに違いない。
作品が完成したからではない。耳をすませ、何も言わずに一緒になって心を痛めてくれる綾斗と過ごした2年間があったからこそ、透子は自分の足で立つに至ったのかも知れない。
滝には改めてそう思えた。
―――この少年は自分の悲しみは閉じ込めて、大切に思う人を救おうとしてきた。
だからこの少年の声は、俺が聞いてやろう。
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