82人が本棚に入れています
本棚に追加
/228ページ
ちゃんと寝間着から着替えていてよかった。着替えは母に手伝ってもらいましたが、着崩れていないかが心配です。
ほどなくして、彼を室内に招き入れる事になりました。
「お茶を淹れてくるからちょっと待っててね」
久しぶりに母の嬉しそうな声を聞きました。
私の目が見えなくなった時、母は取り乱しながらも私を抱きしめてくれました。何も悪くないというのに、何度もごめんねと繰り返していたものです。
ドアが閉まる音の後、硬い物が床をする音がしました。レナードがベッドの傍の椅子を引き寄せて腰掛けたのでしょう。
「気分はどうですか?」
かすかな震え声で、恐る恐るといった調子で彼は話し掛けてきます。
ここ最近になって視力以外の感覚が研ぎ澄まされてきたのか、以前だったら気付かなかったであろう、ちょっとした物音まで分かるようになりました。
「元気よ。今日は来てくれてありがとう」
彼がホッと息を吐くのが分かりました。それから一度黙り込んで、ちょっと言い辛そうに切り出しました。
「これからの事を、色々決めておきたいと思って」
「ええ、そうよね」
そこで私はまた左手を気にしていた事を自覚して、顔が熱くなるのを感じました。ほんの少しだけレナードはくすりとしたみたいです。
「あの、その前にいい?」
「フィオナ様の事ですか?」
レナードの声はどこかうんざりした調子に変わりました。
「何か分かった?」
「いいえ」
あの一件の後、フィオナが悲鳴を上げながらどこかへ走り去っていく姿が町の人達に目撃されていたそうです。
でも彼女がどちらへ向かったのかは分かりません。町の皆はあえて彼女の捜索をしていないように感じられます。
思えば、全ての始まりはなんだったのか。
フィオナの感じていた苦しみ、それは結局なんだったのでしょう。
私が善良だからいけないのだと本人は言っていましたが、あれはきっと本心ではありません。
最後に見たフィオナはとても悲しそうな顔をしていたのだから。
最初のコメントを投稿しよう!