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私は決して徐福のようになりたいと思ったわけではない。
東海の彼方に仙境があり、そこには不老不死の妙薬があるなどと、そんな話を信じただけで、海に漕ぎ出したりできるだろうか。
私は知っていたのだ。
日出づる水平線の彼方には、蛮族の住む島がある。文字を持たず、髪を結わず、服をまとわない人々が住む。そこには食うだけを採り、食うだけを狩る生活しかなく、富や名声のための戦いはない。
かつて魏に使者を遣したその国の人々は、そう述べたという。
医者としてつつましく暮らしてきた私の妻子が、略奪に狂った呉の兵になぶり殺しにされてからというもの、私の脳裏にあったのは、戦いを避けて伯夷・叔斉のように世を離れて暮らすことであった。しかし安らかに暮らせる山中などもうこの大陸にはないように思われた。三国が相食むこの大陸では、どこへ流れて行こうとも、そこはいつでも戦場となりえた。
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