奥様への秘密

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「大丈夫よ、比奈は強いもの。ちゃんと自分の意志でやってる。篠原先生はそんな比奈をちゃんとみていてね」 意味深な言い方に眉根寄せると、薄く笑った山内先生が「言葉の通りよ、意味はないわ」と他意はない事をにおわせる。 おかわりのカレーを手にし、戻ってきた比奈に「そういえば結婚式は?」などと何食わぬ顔で話している。 そういえば…。 カレーを受け取り、ワインと共に食しながら目の前の二人を見た。 遠い昔の記憶が蘇り、比奈には言ってない事があったなぁと、唐突に思った。 それは…。 俺が大学に入って一年か二年経っていただろうか。 高校時代から付き合っていた彼女と遠距離が原因でだんだんと疎遠になり、だけどけじめだけはと週末に新潟まで行って彼女と別れてきた。 俺がフリーになったと知るや否や、女共が恐ろしい程の形相で言い寄るのが怖く、俺は辟易して逃げ込んだ図書室で安息を得たのだった。 図書室は、それなりに医学書も揃えられているのだが、近くにここを上回る図書館があるため殆どの学生がそっちを利用していて、ここは穴場だった。 隅の椅子に腰を下ろすと、先客がいた事に気付いた。 テーブルの上には本も資料もない。 抜け殻のようにそこに居座る様は、世界中の不幸を背負ったかのようだった。
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